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流れ星による読書日記。大学在学中に200冊を読破。現在のべ900冊目に突入中! 目指すは…1000冊?
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流れ星
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読書
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文学部在学中に223冊を読破。

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もうすぐ通算650冊に到達予定。
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734冊目!

「発見!角川文庫2016」より

物語は、前作『約束のグラウンド』の続きの試合から始まります。勝てば県大会に出場できる、という試合で、遼介は右膝にケガを負いました。試合にも負けてしまって、一読者としても応援してきた(←保護者目線)応援団員としても、ずっと「これで遼介たちも引退か」と残念でした。

多くの中学生が、試合に負けて部活動を引退するというのも、なんだか残酷に思えてきます。

「中学生という自分たちの時間は限られている。夏休みも間近になり、学校では高校受験の話題を耳にする機会が増えてきた。サッカーを気兼ねなくできる時間は、もうあまり長くないような雰囲気をときどき感じる」(p32)

しかし、それでも中学3年生たちは何らかの形で部活動に区切りをつけ、受験と卒業へと進んでいきます。現代の通過儀礼というべきなのでしょうか。中学3年生の始まりと終わりとで、ぐんと成長しているようにも見えます。

「でもな、価値っていうのはさ、人それぞれでちがうものなんだよ。だから、おまえにとって価値があるなら、それでいいんじゃないか」(p.300)

チームの11人は、それぞれが自分で選んだ進路へと巣立っていきます。寂しさ悲しさは感じず、希望に輝くエンディングでした。

→同じシリーズの作品:
  ・『サッカーボーイズ 再会のグラウンド』 (2022/05/22の記事
  ・『サッカーボーイズ 13歳 雨上がりのグラウンド』 (2023/02/26の記事
  ・『サッカーボーイズ 14歳 蝉時雨のグラウンド』 (2024/04/27の記事
  ・『サッカーボーイズ 15歳 約束のグラウンド』 (2024/06/30の記事

(古本屋で購入・背表紙幅:1.3cm)

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733冊目!

(集英社新書)

2018年の出版当時、新聞の新刊広告を目にして、衝撃的なタイトルに目を奪われました。まだ私も「普通のケータイ(ガラケー)で十分」と思っていた頃で、便利だからという理由だけで機種変更する気もなく、悪影響を気にして食わず嫌いな姿勢でいました。

ガラケーのサービス終了が近づき、コロナ禍で非接触やデジタルのメリットを痛感したというのもあり、今から4年くらい前に私はスマホに乗り換えました。思ったよりも操作手順が複雑でなかったのと、「1つのアプリの使い方を覚えて慣れたら次のアプリを使い始める」「PCでできることはスマホに移さずにPCを使い続ける」というルールを自分で課したのが功を奏し、今は日常生活でかなり使いこなせていると感じます。

一方で、便利すぎて依存する怖さも身にしみて感じるようになりました。枕元に置いてあれば、眠くても手に取りたくなるし、スキマ時間にちょっとした暇つぶしにスマホを持ちたくなることもしょっちゅうです。

著者の川島先生も、某ゲームアプリを試しに使ってみたところ、(歩きスマホでなくても)周囲への注意力が低下したことを自ら体感したと述べています。(p.193-p194) 本文中では様々な調査を実施し、アンケートや統計解析の結果を詳しいグラフも提示して紹介しているのですが、ところどころにちょっとした失敗エピソードや毒と称した個人的見解もはさんでいるところに、人間くささを感じます。

大人でさえ、スマホとの付き合い方で四苦八苦しているのに、子供はどうしているのでしょうか。私が仕事で接する子供たちは、10年ほど前に私が働き始めた頃の子供たちと比べて、明らかに漢字の読み書きが苦手になり、ノートに手で何かを書き写したり、自分で図や表を考えて書くことを渋るようになりました。

筆者は本書の後半で、IT機器を使うと(手書きで手紙を書くときに比べて)脳の前頭前野が全く働かないと指摘しています。本書が出版されて6年がたち、子供たちのスマホ使用がもっと広がっていると考えられるこの状況では、著者の指摘には矛盾はないように思います。

ある小学生は、いつも動画サイトやゲームの話をしています。「先生はスマホで動画みたり、ゲームしたりしないの?」と聞かれたので、「お仕事もあるし、本をたくさん読みたいから、動画やゲームに使う時間はないよ。本を読んでもわからないことを調べるときは、インターネットを使うかなぁ」と答えたら、信じられないという顔をしていました。

・・・よほどの変人だと思われたかも(笑) でもそれでもいいです。

教育業界で働く一人の人間として私にできるのは、スマホに依存せずにうまく使いこなす大人の姿を見せることだと思います。

そのためにも、スマホと私たち利用者との関係は、常に見つめ直し続けなければいけないとも思います。

(F市図書館で借りて・背表紙幅:1.1cm)

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732冊目!

主人公・遼介は中学3年生。桜ヶ丘中サッカー部の最高学年です。

前作からキャプテンを引き継いでいる遼介にとって、チームをまとめるリーダーとして悩む描写が増えています。

「ときどき、キャプテンをやっていて虚しくなるときがある。どうしてこんなことまで、自分がやらなければならないのかと思う瞬間がある。自分の判断でやっていることとはいえ、報われない場合が多い」(p32)

部活によっても、スポーツにもよっても、チームの人数やメンバーの個性は千差万別。100人越えの大所帯をまとめなければならないこともあれば、わずか数人のアットホームな環境になる場合もあります。私は学生時代にあまり意識しなかったけれど、部活動は人間関係を学ぶ場でもあったと思います。

サッカーも集団でプレーする競技である以上、大会や試合の間だけでなく、普段の練習のときから1つのチームとして統率する力が求められると改めて感じます。小学生の頃はただ「サッカーが好き」なだけでプレーできても、中学高校では「チームのために貢献できるか」という点で集団の一員として自分が行動できるか試される場へ、質が変化しているのが作中から読み取れます。

「最近、サッカーを続けることは、そう簡単なことではないと、いろんな意味で思えてきた。サッカーは自分ひとりだけで、できるわけではないし、楽しいことばかりではない。誰もが続けられるものではない気がする。だからこそ続ける価値も、またあるのかもしれないけれど・・・。」(p.32)

今作は、サッカー部の顧問に新しく赴任した草間の存在を抜きに語ることはできません。「桜ヶ丘中のサッカー部を作り変える」ことを念頭に、部員たちが戸惑うのもお構いなしでローテーションや練習メニューを変えてしまいます。

読んでいて不気味なのは、コーチの小暮や小学校時代の指導者・峰岸と違って、草間本人の心の内がまったく書かれていないことです。前作までは、指導者たちや部員の保護者の目線で語られる場面も設けられていましたが、今作では読者も遼介の目線でしか草間の人となりを読むことができないのです。

なぜ試合中に突然、選手の交代を告げたのか。何が草間の気に障ったのか。どんな思いでサッカー部の顧問を続けているのか、直接述べられない以上、次の作品で明かされるのかどうか気になります。

→同じシリーズの作品:
  ・『サッカーボーイズ 再会のグラウンド』 (2022/05/22の記事
  ・『サッカーボーイズ 13歳 雨上がりのグラウンド』 (2023/02/26の記事
  ・『サッカーボーイズ 14歳 蝉時雨のグラウンド』 (2024/04/27の記事
  ・『サッカーボーイズ 15歳 約束のグラウンド』
  ・『サッカーボーイズ 卒業 ラストゲーム』 (2024/08/12の記事

(古本屋で購入・背表紙幅:1.4cm)

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731冊目!

文ストの小説版で初めての、敦君が主人公のお話です。まだアニメ化もされていないので、どんな物語かワクワクしながら読み始めました。

自分の推しは国木田さんだと思っていたけど、敦君が出てきてホッとしました。やっぱ敦君がいいのかも、私(笑)

舞台は東京湾に漂着した人工の島。居住区にはヨーロッパの街並みが広がり、探偵社が海外出張に来ているようで、いつもの横浜の街とは少し違う雰囲気です。

p42からp43辺りで、敦君の異能が出現する描写があります。原作の漫画ではコマを割いていないし、アニメでも1~2秒で描かれているだけですが、小説だと数行かけて(まるでスローモーションを見ているような)表現です。作者も作数を重ねてきて、文章力が上がっているのではないでしょうか。

タイトルの"55 minutes" (=55分)がこのお話のキーワードなのですが、わずか55分の間で完結する物語、ではないです。

これまでの小説版3作と合わせると、この4作目が最もページ数が多く、複雑な展開です。

→著者による他の作品:
  ・『太宰治の入社試験』 (2023/06/23の記事
  ・『太宰治と黒の時代』 (2023/10/30の記事
  ・『探偵社設立秘話』 (2024/05/14の記事

(F市図書館で借りて・背表紙幅:2.1cm)

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大学を卒業してから読んだ本の数が、ちょうど730冊になりました。

721冊目から730冊目まで、背表紙幅の合計は13.4cmでした。

ここで、1冊目から730冊目までの背表紙の厚さを全部合計すると1000 cmです。

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730冊目!

(角川文庫・昭和61年版)

<発見!角川文庫2011>より

以前読んだのがいつだったか、忘れていました。このブログを書き出す前だったかな、と思ったら、ちゃんと記事が残ってた。。。20年近く前でした。

当時は、私の読解力が追い付いていなかったこともあって、暗くて重苦しいテーマの医療小説、くらいの印象しか残っていません。今改めて読み終わって、全く違う感覚になっています。

第1章の冒頭は、ある男性が1人の医師に出会う場面です。戦後の復興が始まり、新しい住宅地に引っ越してきた彼は、自分に気胸処置をしてもらえる医師を探しています。

風呂屋でガソリンスタンドの主人と話す中で、街の男性たちはみな出征の経験があることが語られます。現代の日本とは違って、昭和20~30年ごろは誰もが戦争の記憶をまだ生々しくもっていたという空気感が伝わってきます。

ガソリンスタンドの主人には、迫撃砲でやられたという火傷の跡が右肩に残っており、洋服屋の店主は、南京で憲兵をしていたと述べられます。

「考えてみるとあの二人は二人とも人を殺した過去を持っているのだ。(中略)そして勝呂(すぐろ)医師の場合も同じことだ」(p. 22)

医師が医学生だった頃、アメリカ軍人捕虜の生体解剖の場に立ち会っていたという過去を知り、語り手の男性は「人殺しが何もなかったかのように日常生活を送っている」と気づきます。

以前、私がこの本を読んだときは、病院という狭い場所だけにクローズアップされた物語のように感じたのですが、冒頭で著者はきちんと「勝呂だけではなくどの日本人も似た経験を持っている」ことを示唆していたのです。

「人間は自分を押しながすものから――運命というんやろうが、どうしても脱れられんやろ。そういうものから自由にしてくれるものを神とよぶならばや」(p. 75)

新しく住宅地が整備される中で、町の住民たちは毎日埃にまみれながら戦後の暮らしを整えています。埃はおそらく人殺しや罪の比喩でしょう。どんなに風呂屋へ通って体をきれいにしても、風がふけば再び埃は顔に体に、どの人間にも公平に積もっていく。以前は読み落としていた著者の意図に、ようやく自力で気づくことができました。

他の作品も、もう1度読み直したらいろいろ発見があるかも。

→遠藤周作の他の著書:
  ・『海と毒薬』 ※新潮文庫版 (2005/01/11の記事
  ・『女の一生〈1部〉 キクの場合』 (2010/08/27の記事
  ・『深い河』 (2012/02/22の記事

→次に読みたい本を発見!
  ・貴志 祐介 『青の炎』 (2021/10/26の記事

(F市図書館で借りて・背表紙幅:1.2cm)

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